『償い』。

まさか運転免許の更新に行って、泣かされるとは…。

私はこの5月の誕生日に運転免許が期限を迎え、先日その更新に行って来ました。
皆さんもご存知のように、更新には「講習」がありますよね(時間の長い短いはありますが…私は長い方で(^^))。

実はその講習の中で、歌を聞かされたのです。
DVDですが、もちろんこんな経験は初めて…
曲は、さだまさしの『償い』。

「月末になるとゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
必ず横丁の角にある郵便局へ飛び込んでゆくのだった」…で始まる物語。

配達の仕事をしているゆうちゃんは、1日の仕事を終えて帰路についていました。
雨の降るその夜、疲れ切ったゆうちゃんは、運転する車の前の横断歩道を渡る男性に気づくのが遅れ、残念ながら轢いてしまうのです…。
最愛のご主人を失った奥さんから、「人殺し、あんたを許さない!」と罵られたゆうちゃんは、その奥さんの足下で頭を床にこすりつける以外ありません。その日を境にゆうちゃんは人が変わったように働き、せめてもの『償い』にと、自分の給料を奥さんに毎月送金するようになるのです。
そして仕送りを続けて7年目を迎えたある日、ゆうちゃんのところにその奥さんから手紙が届きます。

「ありがとう
あなたの優しい気持ちはとてもよくわかりました。
だからどうぞ送金はやめて下さい。
……… それよりどうかもう、
あなたご自身の人生を元に戻してあげて欲しい」

償い切れるはずもない奥さんから、返事が来たのが、ありがたくて、ありがたくて、ありがたくて…。

運転免許更新の講習会場の空気はその歌が流れた後から一変しました。
最初は居眠りをしていたおじさんも、早く終わらないかなとスマホをいじっていた女の子も、ハンカチで目頭を拭いながら誰もが真剣に講義を聞き始めたのです。

私は、“最近の免許更新の講習は手が込んでるな−”とか、“交通事故の加害者になったら悲惨だな−”などとは微塵も思うことなく、極めて単純に「感動」して、恥じも外聞もなく号泣してしまったのです。

“ゆうちゃん”の言う『償い』って何だったんだろう…“奥さん”は“ゆうちゃん”の『償い』をどうして受け入れたんだろう…講習の間、ずっとそのことを考えていました。

“償う側”と“償われる側”が存在する訳ですが、双方が(特に“償われる側”が)納得することって、現実的には極めて難しいことですよね。
“償う側”が、「オレは刑期を終えたんだら、償いが終わったんだ!」とか、「ちゃんと謝ったんだからもうおしまい!」…なんて開き直られたら、その相手側には気持ちの上で当然シコリが残ります。
逆に、一生懸命謝罪している相手に対して、“償われる側”が「まだまだ足りません」と言い続けていたとしたら…

これは『償い』ということに限ったことではなく、『恩返し』なんかにも当てはまるような気がします。

やっぱり大切なのは、「誠意」や「真心」、「相手を思いやる気持ち」なんでしょうね。

私が普段伝えている五徳の中でも、特に【仁徳】をあらためて考えさせられた免許更新講習でした(残念ながら交通ルールの講義はほとんど記憶に…笑)。

 

だけど“ゆうちゃん”、えらかったね…そしてよかったな。
貴方の真心が、私にも伝わりました。

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